
このブログはクラシックシェービングのことを多く書いている。だが、クラシックシェービングをおすすめしたことは一度もない。数多くある人生の過ちとしてクラシックシェービングを始めてしまった人に向けて書くことはある。「クラシックシェービングいいですよ、やってみましょうね」とは口が裂けても言わない。だって、おすすめしたくないもの。
そういうわけで、今回はクラシックシェービングをおすすめしない理由を3つお伝えして、人生の過ちをひとつでも減らしてもらおうという趣旨である。
時間がかかる
時間とはあなたの命そのものを指している。時間は有限であり、貴重な命のリソースである。
この貴重なリソースをヒゲ剃りなんぞに費やすことに何の意味があろうか?ないね。皆無。絶無。筆舌に尽くしがたいほどに意味などない。
世の成人男性は人生の落伍者として認識されないための二択を迫られる。髭を毎日剃るか、まったく剃らないかである。その中間を選んだ瞬間、清潔感のない人、不精者、社会不適合者などの烙印を押され、社会から締め出される。
電動カミソリを使えば5分もかからないヒゲ剃りにクラシックシェービングは15分かかるのである。その差たるや1日10分である。1週間で70分である。2週間で映画1本分の時間を費やすことになり、映画1本分という人生の豊かさをヒゲ剃りのために犠牲にすることになる。
習得に時間がかかる
クラシックシェービングはいわば求道と言ってもいい。カートリッジ式のカミソリや電動カミソリなら赤子でも使えるわけだが、両刃カミソリだのストレートレザーだのは使うのにコツがいるのである。
そのコツを習得するために、わざわざ自らの顔面を傷つけて何になろうか。何にもならない。なぜなら、求道の先にはなにもないからである。ナザレのイエスも、シッダールタも「髭は両刃カミソリもしくはストレートレザーで剃りなさい」とは言っていない。
本の1冊でも読み、知恵を深め知識を広げた方が有意義な人生を送ることができる。恐れや不安を払拭する方法は、偉人の知恵と知識を身につける以外になく、断じてクラシックシェービングではない。
とにかくやめろ
ここまでクラシックシェービングなんぞやるものではなく、人生を有意義に生きることをすすめてきた。それでもクラシックシェービングをやるというのであれば、是非ともやめていただきたい。
これは明確な理由がある。俺が困るのだ。ホルダーが手に入りづらくなるんだよ。小ロットで作るホルダーだとか、ビンテージのホルダーだとか、世に出回る両刃ホルダーは数に限りがある。競争なのだ。競争者が減った方がいいのだ。クラシックシェービングを始める人が増えたところで、俺にいいことなんてひとつもない。むしろ、悪いことの方が多い。
「ここまでやめろと言っておいて、なんでお前はやっているんだ」と指摘を受けるであろう。まっとうな指摘である。健全な精神を持っていれば、息をするのと同じくらい当たり前な指摘である。
理由はないね。楽しいからやっている。無駄だからやっている。そもそも「意味のあること」とはなにか?メシのため金のために何かをすることが意味のあることであれば、それは犬畜生にもできることだ。人生から理不尽や不合理を排除したらそこにあるのは「生きるために生きる」という犬畜生の生き方である。
小説は?絵画は?音楽は?ありとあらゆる芸術は?これらは人として生きていくために必要がない。なくても生きていける。ただ、人生を彩るには芸術は不可欠である。人ではなく人間として生きていくためには、人生を彩る余白が必要なのだ。
その余白のひとつがクラシックシェービングである。自分が余白を楽しむためにクラシックシェービングを始める人が増えると困るのだ。

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