「一生モノ」という言葉の軽薄さとそれに抗う道具たち

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年を重ねると「一生」という言葉の意味が重くなっていることに気づく。人は言葉の意味を自分の知識や経験からしか語れない。つまり、20歳の「一生」は20年であり、40歳の「一生」は40年である。器の大きさには2倍の差がある。

最近、聞き捨てならない言葉リストに「一生モノ」という言葉が追加された。モノを売りつけようと躍起になっている人々が何も考えず発する言葉だ。

信用は思慮の深さといっていい。思慮の深い言葉こそ信用に値する。「一生モノ」という言葉は雨上がりの水たまりのように浅く、到底信用できない。我々の「一生」がどれほど長く、その間にどう好みが変遷し、技術の進歩や社会どう激変するか。その想像力が決定的に欠けている。

余生を共に過ごす「モノ」が「一生モノ」であるにも関わらず、森羅万象が今と何一つ変わらないことを前提としている。もし、これを計算して発言しているとしたら、俺はとんでもない間違いを犯していることになる。だが、「他人の人生や世の中の変化を予知できる力があれば、もっと別な手段で世の中はもっとよくなっている」と考えると、俺の見立ては大きく外れていないだろう。

ありとあらゆるものは変化する。「物事は常に変化する」ということだけががこの世で唯一変わらない真理である。

そんな偏屈な思考で、広告やらインフルエンサーやらを冷ややかに見る一方、当の俺を冷ややかに見るのは気づけば10年、20年一緒に人生を歩んだ道具たちである。「一生モノだと?何を言っているんだ、お前は」と言いながら、10年、20年ともに歩んだ道具を手に取るのである。なんという矛盾。理不尽。不条理。

手元のMuhle R89やMerkur 34Cはぼちぼち10年の付き合いになろうとしている。それよりも優れたホルダーはあるわけだが、今でもたまに使っているし、使うと「やはり定番もしくは鉄板」と思う。

Giletteのビンテージホルダーは、初代の持ち主から引き継がれ一生どころか、二生か三生しそうな雰囲気である。

ノースフェイスのマウンテンジャケットは15年近く当たり前のように着ていたし、PORTERのバッグは20年使っているものがある。

なぜこんなに長く使っているのか。明確な理由はない。共通しているのは、持った当初の愛着が強かったことと壊れないことくらいだ。

少なくともこれが長く使う最低ラインであることは確かである。あとは生活や好みに馴染むかどうかだが、これは手に入れて使い続けるまでわからない。多くは変化の荒波の中で脱落していく。

当たり前にそこにあり、普段何も思わないものほど、長くそばにいる。

買った直後の熱烈な愛着は薄れ、自分の人生に溶け込んでしまったものたち。彼らが「一生モノ」を冷笑する俺を、逆に冷笑していることに気づく。

それでもやはり、浅薄な「一生モノ」という言葉ほど失笑を禁じ得ない。だが、どうやら「一生モノ」と呼ばれるべきモノは確かに存在するらしい。

それらは「一生モノ」と評することを忘れるくらい自分の人生に溶け込み、静かに主人の心の経年劣化に耐え続けている。

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